昔、富士山の麓(ふもと)に、森高という役(やく)人(にん)がいました。 從前,在富士山的山腳下,有一位叫做森高的大官人。
金持ちで身分もよく、優しくて美しい奥方もいる森高は、町じゅうの人から羨ましがられていたのです。 有錢人的身分,還有溫柔美麗的太太的森高,是全城的人羡慕的對象。
でも森高にはひとつだけ、欲しくてたまらないものがありました。 但是森高只有一個,無法達成的願望。
子供です。結婚っして十年もたつのに、子供に恵まれなかったのです。 就是孩子。明明結婚也將近十年了,卻沒有孩子。
「どうか、わたしたちに子供をお授(さず)け下さい」 「無論如何,請賜給我們孩子」
森高と奥方は、毎日観音様(かんのんさま)にお参(まい)りして祈りました。 森高和太太,每天向觀音大士參拜祈禱。
ウグイスが鳴く春のこと、夫妻がいつものように祈っていると、そよ風がふわりと吹いて梅の小(こ)枝(えだ)をゆすりました。 正是鶯鳴春天時節,夫妻又像平常一樣正在祈禱時,習習的風吹動,搖晃了梅花的枝葉。
梅の花が一つ、ひらりとこぼれて、奥方の袂(たもと)に入ります。 有一朵梅朵,敏捷地掉入了,夫人的袖子裡。
「きっと良いお告(つ)げですわ」 「一定是好的預兆啊」
奥方も森高も喜んで、花を持って帰りました。 太太和森高都很高興,拿著花回家了。
まもなく生まれたのは花世姫、梅の花のように愛らしい女の子です。 不久生下了花世姬,像梅花一樣可愛的女孩子。
黒い髪の毛からも白い肌(はだ)からも、小さな唇(くちびる)からもれる息も、かぐわしい香りがする子供でした。 烏黑的頭髮、雪白的肌膚、連從小小的紅唇裡吐出來的氣息,都是芳香,是這樣的孩子。
九年が過ぎて、花世姫はまばゆいばかりの姫君になり、人びとをうっとりさせる香りを漂(ただよ)わせるようになりました。 九年過去了,花世姬成為一位耀眼的公主,就像會漂散出香味般,人們都被迷惑了。
ところがその年、お母さんが亡くなって、森高は新しい奥方を迎えたのです。 但是就在那年,母親去世了,森高迎娶了新夫人。
新しい奥方は、花世姫が気に入りませんでした。 新夫人,不喜歡花世姬。
人びとが、花世姫の美しさと香りばかりを褒(ほ)めそやすからです。 因為人們光是讚美花世姬的美和香。
森高も、奥方よりは花世姫を大切にして、可愛がっているように思えました。 連森高也認為花世姬可愛,比夫人更重要。
「花世姫なんか、いなくなってしまえばいいんだわ」 「花世姬算什麼,讓她消失吧」
そう思った奥方は、森高が出かけた隙(げき)に、花世姫を森の奥に捨ててしまいました。 如此想法的夫人,趁著森高出去時,把花世姬丟到森林去。
山姥が支(し)配(はい)しているという、暗い寂しい森で、花世姫はひとりぼっちになりました。 據說是山姥支配的地方,陰暗寂寞的森林,花世姬獨自一個人孤單寂寞。
町に戻りたくでも道はわかりません。歩けば歩くほど、深い森に迷いこむばかりです。 即使想回到鎮上的路也不知道。走著走著,就迷失在森林的深處。
「わたしはきっと、恐ろしい山姥に食われてしまうのだわ。新たしいお母さんに、憎(にく)まれながら生きているより、山姥に食われた方がいいのかもしれない」 「我一定會被恐佈的山姥吃掉了吧。雖然活著被憎恨,或許也比被山姥吃掉要好。」
つぶやいた花世姫の目から、涙があふれます。涙も花の香りでした。 花世姬自言自語,眼裡充滿了淚水。眼淚也是花香。
「どうしてわたしが、きれいで良い香りの女の子を食べると思うのかね」 「為什麼我,會想吃掉如此漂亮又香的女孩子呢」
いきなり声が聞こえて、花世姫は立ちすくみます。 突然聽到聲音,花世姬站著不能動。
目をらんらんと光(ひか)らせて、しわがれ声で話しかけたのは山姥でした。 目光朗朗,用沙啞的聲音說話的是山姥。
「私の姿は恐ろしいが、心がけはあんたの母さんよりずっと上だ。知恵もたっぷり持ち合わせている」 「我的身影很恐怖,心地卻遠超過你的母親之上。也有擁有足夠的智慧」
髪の毛を振り乱した山姥は、黄色い歯をむきだして笑います。 揮著亂髮的山姥,露出黃色的牙齒笑了起來。
「わたしを助けてくださるのですね」 「請幫助我吧」
花世姫は、醜(みにく)い姿の内(うち)側(がわ)に隠れている山姥の優しさと賢(かしこ)さがわかりました。 花世姬知道,藏在醜陋身影裡的,是個溫柔又聰明的山姥。
あたりまえの女の子だったら、悲(ひ)鳴(めい)をあげて逃げ出すに違いないのに、まっすぐに山姥を見てほほえんだのです。 當然是女孩子的話,一定是尖叫哭著逃出來,卻直視著山峔微笑。
「あんたには勇気がある。我慢もきっとできるだろう」 「有這樣的勇氣。必定也可以忍耐吧」
山姥は言って、着ていたものを脱ぐと花世姫にさしだします。 山姥說著,把穿著的衣服脫下來交給花世姬。
「助けて欲しいのなら、わたしの言うことをよくお聞き。おまえは今から、山姥の着物を身につける。顔には黒いススを塗って、髪の毛はマツヤニでよれよれに固めるんだ。」 「想要得到幫助的話,要好好地聽我說的話。從現在起,身上穿著山姥的和服。臉要塗上黑黑的煤煙,頭髮用破舊的橡皮筋綁好。」
「姫君とはとても思えない姿になって、森の向こうにある中納言の屋敷へ行く。台所の火炊き女に雇(やと)ってもらうんだよ。 辛いだろうが、しばらくは身を隠した方がいい。」 「不要去想平時千金小姐的樣子,朝向森林有中納言的大宅去,被雇用為廚房裡燒火的女僕。辛苦一點,但卻可以暫時藏身也好。」
「おまえが山姥に食われずにいると知ったら、継母はもっとひどい目に合わせるに決まっている」 「如果知道妳沒被山峔吃掉的話,繼母一定會下更殘忍的決心」
「あなたのおっしゃる通りにします。じっと我慢していれば、いつかまた、お父さんに会える日も来るでしょう」 「我會按照您說的去做。只要我一直忍耐的話,總有一天,和爸爸見面的日子也會來吧」
花世姫は山姥にお礼を言うと、中納言の屋敷に向かって歩いて行きました。 花世姬說著對山姥致謝,朝向中納言的大宅走去。
ぼろぼろの着物と垢で固まったような髪の毛、薄(うす)汚(よご)れた顔は、山姥の娘そのままで、姫君にはとても見えません。 穿著佈滿污垢的和服,頭髣綁了起來,臉上塗了薄薄的污泥,就像山姥的女兒般,看不到平時的千金小姐。
台所の手伝いを探していた中納言の屋敷では、さっそく花世姫を雇いました。 尋找廚房的幫手的中納言的大宅,立刻就雇用了花世姬。
「こんなにみっともない娘は見たこともない。人前に出すわけには行かないね」 「從來不曾見到這般不體面的女孩。不能在人前出現」
屋敷の人びとは言って、花世姫を火炊き女にしました。 大宅的人們說花世姬,是這樣的燒火的女僕。
朝から晩まで、かまどで火を炊く仕事です。 從早到晚,在爐子前做著燒火的工作。
埃とススのせいで、花世姫はますます汚れてみすぼらしくなっていきました。 多虧了塵埃和煤煙,花世姬變得愈來愈寒酸。
何年もが過ぎた、春の夜更けのこと。 幾年過去了,在春天夜晚發生的事。
花世姫はそっと屋敷を抜け出すと、泉(いずみ)に行きました。 花世姬悄悄地走出大宅,往泉水走去。
誰もいないところで、積もった埃(ほこり)やススを洗い流したかったのです。 沒有任何人的地方,用流水洗去堆積的塵埃和煤煙。
「ああ、いい気持ち。生まれたときの姿を取り戻したのは何年ぶりのことかしら」 「啊~真舒服。想回到出生時的樣子,不知還要多少年哪」
透き通った水に体を沈めながら、花世姫はつぶやきました。 一邊把身體泡在通透的水裡,花世姬自言自語著。
髪の毛も顔もさっぱりとして、生き返ったような気がします。 頭髮和臉令人耳目一新,有種起死回生的感覺。
天高く昇った月が、つややかな黒い髪と雪よりも白い肌を照らしました。 月亮高高地掛在天上,照亮了烏黑亮麗的頭髮以及像雪一樣白的肌膚。
「なんと美しい……月から舞い降りた天女だろか」 「多美麗啊……從月亮飛舞下來的仙女嗎?」
息を呑(の)んで立ち止まったのは、中納言のひとり息子です。眠れないせいで夜の散歩に出た息子は、月を見上げてほほえんでいる花世姫を見つけたのでした。 站在那裡忘了呼吸,是中納言唯一的兒子。由於睡不著出來散步的公子,發現了正帶著微笑,抬頭看著月亮的花世姬。
「あなたは天女ですか? それとも泉の精なんでしょうか」 「你是仙女嗎? 或是泉水的精靈呢」
話しかけながら、息子は泉に近づきます。 一邊說著話,公子靠近泉水。
「大変……」 「不好了……」
驚いた花世姫は、大急ぎで泉を飛び出すと、おいてあった着物をつかんで逃げ出します。 嚇了一跳的花世姬,急速地從泉水裡飛奔出來,抓著骯髒的和服逃了出去。
「待ってください。お名前だけでも教えてください」 「請等一下。請告訴我妳的名字」
息子は追いかけましたが、花世姫をつかまえることはできませんでした。 公子追了過去,但捉不到花世姬。
泉から屋敷へ、水にぬれた小さな足あとが残っているばかりだったのです。 從泉水往大宅去,只有留下了小腳弄濕的水印。
「美しい娘は、わたしの屋敷にいるのだ」 「美麗的姑娘,是在我的屋子裡」
そう思った息子は、屋敷中を調べました。 公子這麼想著,就在屋子裡調查了起來。
たくさんある召し使いの部屋を、片っ端から開けて、天女のような娘を探したのです。 僕人的房間很多,開了一個又一個,找尋著像仙女一樣的姑娘。
「わたしが探しているのはこの人です。ススに塗れていてもわかります。この人を妻に迎えたい」 「我在找尋這個人。我知道即使塗了煤煙。也要迎娶這個人做妻子」
最後に台所に来た息子は、火炊き女を指さして言いました。 最後來到廚房的公子,指著那個燒火的女僕說。
「いきなり何を言い出すのかね。はやり病にかかって、頭がおかしくなったに違いないぞ。早く医者を呼べ」 「為何突然說出這樣的話呢。果然是生病了,腦袋變得怪怪的。趕快叫醫生來吧」
息子についてきた中納言が、呆れて言いました。 來到兒子身邊的中納言,驚訝地說。
「これは火炊き女でございます。一日じゅう台所にこもっておりますので、気高い片のお目にとまるわけがございません」 「她是個燒火的女僕。因為一整天都悶在廚房裡,沒有理由進得了你高貴的眼睛。」
召し使いたちは言い、地面にうずくまった花世姫も震える声で言いました。 僕人們這們說,蹲在地上的花世姬也用顫抖的聲音說。
「皆様のおっしゃる通りです。お探しになっているのはほかの方ですわ」 「請聽從大家的說法。再找尋其他的人吧」
「いいえ。あなたのほかに探している人はいません。私の妻になってくださいますね」 「沒有。除了妳之外沒有再尋找的人。請成為我的妻子吧」
息子の言葉に、花世姫はますます小さくうずくまりました。 公子的言語,讓花世姬愈來愈退縮。
息子をひと目見たそのときから、心ははげしく動いていたのです。 那時公子看了一眼,心情激動了起來。
「どんなわけがあって、姿をやつしているのかはしりません。でも、もうほんとうのあなたに戻ってください。何がおころうと、わたしがあなたを守ります。」 「無論有任何理由,妳無需再隱藏身影。但是,請回到妳真正的樣子。有任何事情,我會保護妳的。」
湯を、新しい着物を、髪飾りを、沓を…… 泡澡、新的和服、髮飾、鞋子
中納言の命令で、召使たちが走り回ります。 按中納言的命令,僕人們來回走著。
「我慢は報(むく)われたのだ。幸せになるがいい」 「耐心等待就會有回報。會幸福的」
あらわれた山姥が、サンゴの首(くび)飾(かざ)りで花世姫を飾りました。 山姥出現了,用珊瑚的首飾裝飾花世姬 (幫花世姬戴上瑚珊的項鍊)。
若く美しい姫君の姿を取り戻した花世姫は、夫になる人にたずねました。 變回年輕美麗的花世姬公主,對著要成為丈夫的人問。
「なぜ、ひ炊き女がわたしだとわかったのですか」 「為何,你會知道燒火的女僕就是我呢?」
「香りですよ」 「是香味啊」
夫になる人は笑って、花世姫の手を取りました。 要成為丈夫的人笑了,牽著花世姬的手。
「どんなに隠しても、天があなたに与えた香りは隠せません。泉にいた天女と火炊き女は、同じ梅の香りがしました。姿は隠せても、香りは隠せないものなのですよ」 「無論如何隱藏,上天給與妳的香氣是藏不住的。在泉水裡的仙女和燒火的女僕,同樣都有梅花的香味。即使隱藏住身影,香味也無法隱藏起來喔」
沒有留言:
張貼留言
注意:只有此網誌的成員可以留言。